大判例

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盛岡地方裁判所遠野支部 昭和52年(ワ)66号 判決 1978年5月24日

原告

福田金作

被告

熊谷美知子

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し連帯して金七、三〇〇円およびこれに対する昭和五三年一月七日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  原告訴訟代理人は「一 被告らは各自原告に対し金三六七万六三三円および内金三三四万六三三円に対する本訴状送達の日の翌日から、内金三三万円に対する本判決言渡の日の翌日から各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。二 訴訟費用は被告らの連帯負担とする」との判決ならびに仮執行宣言を求め請求原因として次のとおり述べた。

一  事故の発生

昭和四七年五月五日午後八時五〇分ころ盛岡市中ノ橋通一丁目一の一三先道路上において被告美知子運転の加害車両が自転車に乗つて進行してきた原告と接触させて同所に転倒させ、よつて原告に背部頭部挫傷の傷害を負わせた。

二  被告美知子の過失

被告美知子は盛岡市内の中津川東岸を北上し、中ノ橋手前に至り左折しようと一時停車したが、折から中ノ橋を東進し右折しようとしていた自動車に気をとられ、右方の安全を確認しないまま発進した過失により、右方から自転車に乗つて直進して来た原告に気づかず、原告の左側面に衝突した。

三  責任

本件事故当時被告幹夫は加害車両を所有し自己のため運行の用に供していたから自賠法三条により、また、被告美知子は民法七〇九条により原告の損害を賠償する責任がある。

四  損害

(一)  医療費 二〇〇円

県立中央病院

(二)  診断書作成料 二、五〇〇円

県立中央病院一、五〇〇円、千葉外科医院一、〇〇〇円

(三)  通院費用 四、六〇〇円

盛岡、遠野間汽車賃往復二回分四、三二〇円

(五二、八、一〇・五二、八、一九)盛岡駅、県立中央病院間バス往復二回分二八〇円

(四)  後遺障害による慰藉料 二〇〇万円

本件事故により原告は右坐骨神経痛の後遺症になやまされている。すなわち両足底、右踵部分に痛み、しびれがあつてかつ、右腰部に痛み、両下肢にしびれがあり、長時間立つたり座つたりしていると痛みが生じ歩行困難となる。原告は昭和二一年五月二三日生(三一歳)の岩手県公立学校教員であり、立ち仕事がひんぱんであり、その業務に多大の支障をきたしている。そしてこの状態は退職年齢(五八歳)を過ぎても継続することが考えられその精神的苦痛は大きい。そこで右慰藉の額は二〇〇万円を下らないと考える。

(五)  後遺症後の労働能力低下による逸失利益一三三万三、三三三円、原告の勤務の性格上収入は毎年昇給するものであるところ、その逸失利益は収入の五%とみて向後一〇年間考えられ、平均年収四〇〇万円として一〇年間の喪失額の合計は二〇〇万円となる。これをホフマン方式係数によつて一時に請求すると200万円×0.6666666=1,333,333円となる。

(六)  弁護士費用 三三万円

着手金、成功報酬の合計額(一〇%)。支払日、本判決言渡の日

以上合計三六七万六三三円

(七)  その他

後遺症以外の損害賠償については原告は被告から昭和五〇年三月一一日盛岡地方裁判所の判決によつて一五五万六一四円を取得している。本件は後遺症に関するものである。

五  よつて原告は被告らに対し各自金三六七万六三三円および内金三二四万六三三円に対する本訴状送達の日の翌日から、内金三三万円に対する本判決言渡の日の翌日から各完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払を求める。

第二  被告ら訴訟代理人は、本案前の抗弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決、および本案に対して、請求棄却の判決を求め、その主張として次のとおり述べた。

(本案前の抗弁として)

一  被告の主張する事故に関しその損害について既に確定判決(盛岡地方裁判所昭和四八年(ワ)第一四五号損害賠償請求事件)が存する。

二  右判決内容によつても明らかなとおり後遺症に関しての損害についても既に判断がなされている。原告の本件主張の主要点は後遺症による慰藉料の点にあるが、右確定判決内容によると、原告の治療期間が長期間にわたつていることの背景には心因性の要素を無視できないものであることは明らかで、前記事件は本件で原告主張のような点に関しても考慮して慰藉料の額が決定されている。この点は右事件の証人田中哲夫医師の証言によつても明らかである。

三  原告主張のように前記事件の口頭弁論終結当時に当然予測された点について、現在に至りまた新たな請求をなすことは裁判の一回性の原則に反し、法的安定性が図られない。そのため既判力なる概念が生れ法もこの点に関し明確な定めをなしている。よつて原告の本訴請求は既判力に抵触し当然却下さるべきである。

(本案に対して)

請求原因一ないし三は認めるが、その余は不知。

第三 〔証拠関係略〕

理由

一  本案前の主張について

本件は、原告の請求原因自体から成立に争いのない乙第一、二号証によつて認められるところの昭和五〇年三月二五日確定の盛岡地方裁判所昭和四八年(ワ)第一四五号損害賠償請求事件(交通事故)の判決と同じ交通事故にもとづく損害賠償請求であることが明らかである。このような場合、判決の既判力により、前訴と同一内容即ち訴訟物を同じくする請求が、もはや許されないということは、今日確立した民事訴訟法理論であることは多言を要しない。

そこで、本件が右前訴と同一内容即ち訴訟物を同じくする請求であるか否かについて検討する。本件は、要するに原告の右坐骨神経痛による財産上精神上の損害を請求するものであるが、右傷病が本件交通事故の後遺症であるか否か、およびこれがその後遺症であるならば、それにもとづく損害賠償請求は、既に前訴の内容(訴訟物)に含まれているか否かが問題とされなければならない。

成立に争いのない甲第四ないし六号証、乙号各証および原告本人尋問の結果によれば、原告は、教師であるところ、勤めを休むほどではないが、授業中長く立つていると若干の腰の痛みやしびれを感じ、スポーツはいまだ完全にできないという症状を呈していることが認められるが、前訴における原告の傷病が多分に心因性のものであつたことからも、現在の原告の症状は、正確な意味での「後遺症」というより、前訴の段階から既に判明していた直接的傷病の一部が、なお現在まで継続していたものと認めるのが相当であり、いずれにせよ、本件事故と相当因果関係にある傷害であることは間違いないと考えられる。

そこで、このような場合、本件請求が前訴とその内容(訴訟物)を同じくするものとみるべきか否かについてであるが、一個の不法行為によつて生ずる損害についても、前訴における損害と明らかに特定できる損害については、一部請求の理論により訴訟物を異にするから後訴においてこれを請求しても、前訴の既判力にていしよくしないとするのが今日の通説判例であるから、ある継続的な傷病に対するその都度発生する損害を、その都度各別に請求しても、請求の特定を欠くことにならず、前訴の既判力にていしよくしないことになる。このことは、前訴当時既に後発の損害が予想されていたか否かにかかわりないことである(しかし、精神的損害については、既判力の問題とは別に後述のように考慮しなければならない点がある。)。よつて、被告の本案前の抗弁は理由がない。

二  本案について

請求原因一、二、三については当事者間に争いがない。請求原因四の損害についてであるが、成立に争いのない甲第一ないし七号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は前叙のような傷病を前訴の判決確定後に治療し、請求原因四の(一)、(二)、(三)のとおりの損害を蒙つたことが認められる(なお、請求原因四の(三)の通院費用のところに通院日が昭和五二年八月一〇日とあるが、これは昭和五一年八月一〇日の誤記と認める)。しかし、同(五)の労働力低下による逸失利益については、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

次に、同(四)の慰藉料についてであるがたしかに原告は前叙のとおりの症状を呈していることが認められる。しかし、それは、既に前訴当時判明し、それによる苦痛が将来しばらく継続するということは明らかであつたこと、しかも、それは、多分に心因的原因にもとづくものであることは、前掲証拠によつて明らかである。このような場合、前訴の慰藉料の判断にあたつては、特別の事情のない限り、将来ある程度苦痛が継続するということも、その判断の要素になつたものと解するのが相当である。このことは、判文自体に明示されているか否かにかかわりないと考えるべきである。たしかに、このように解することにも限界があり、判文自体から反対の解釈が可能な場合とか、苦痛が予想以上の長期にわたる重篤なものであるという場合にはその例外を認めるべきである。しかし、本件については、前訴において、入院二〇九日、通院一五五日という治療期間から考えて五〇万円の慰藉料というのは若干低額すぎるきらいがあるが、判文自体からも明らかなように、原告の治療期間が事故の態様からみて異常に長期にわたつていることにはかなり心因性の要素が認められるのであるから、前訴判決後本件まで約三年、原告がいまだに傷病の回復を見ないということは、前訴当時より更に強い心因的原因を認めざるを得ないのである。そして、原告の現在の症状も前叙認定のとおりそれほど重いものではないのである。これらのことを斟酌すれば、前訴における慰藉料をもつて、原告の精神的苦痛は既に補償されているとみるのが相当であつて、いまだ新たな慰藉料請求権を発生せしめるものではないといわなければならない。

以上の次第であるから、本件における原告の請求中治療費通院費用計七、三〇〇円に限り理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条但書、仮執行宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 穴澤成已)

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